急激に進行する円安は、円の信認そのものを揺るがすとの懸念が高まりつつある。中には、「政府の借金が1200兆円近くに膨らんでいる現状では、円の価値が崩壊しかねない」と不安視し、外貨資産へのシフトを急ぐ人も少なくない。一方で、「日本は経常黒字を維持しているから問題ない」とする楽観的な見方も根強い。
では、円安はこのまま加速していくのか、それとも行き過ぎているのか。多様な意見が飛び交う中で、本質を見極める鍵は「実際に為替市場で何が起きているか」にある。
通貨の価値を動かすのは「実需」の取引
為替相場を動かしているのは、投機的な発言でも感情でもなく、「ドルを買いたい人」と「円を買いたい人」の綱引きである。言い換えれば、実際に為替市場で通貨を交換する「実需」の存在こそが相場を動かしている。
この観点から見ると、「政府の借金が多いこと=円安」ではないことが分かる。歴史上、多額の政府債務が通貨危機に繋がった国々では、必ず外貨需要の急増という背景があった。戦争賠償や輸入依存によって外国通貨が必要となり、自国通貨が急落したのである。
現在の日本も債務総額は1000兆円を超えているが、それが直ちにドル買いに結びついているわけではない。円預金を一斉にドルに替えて国外へ逃げようという動きも、現時点では見られない。
むしろ、円安を受けて日本の不動産や企業に魅力を感じる外国人投資家が増加しており、実際には「ドル売り・円買い」の流れが一定数発生している。
為替を動かす二つの力:消費と投資
為替相場に影響を与えるのは、「消費」と「投資」という二つの行動である。
まず「消費」とは、日本が輸入する原油や小麦、あるいは海外サービスの利用などにより、円で支払われた対価が為替市場を通じてドルに替えられる動きである。政府による武器輸入もここに含まれる。一方、外国が日本車を購入したり、日本で観光消費をする際には、逆にドルが売られて円が買われる。
この「綱引き」は、基本的には円安が進むと日本に有利に働く。なぜなら、日本製品の価格が相対的に下がり、輸出が促進されるからだ。たとえば、5000円の寿司は1ドル=100円のときは50ドルだが、1ドル=150円なら33ドルで済む。
だが、2023年の日本は1ドル=140~150円という円安にもかかわらず、貿易・サービス収支は約10兆円の赤字だった。つまり、円安でも日本製品は売れていないという現実が浮かび上がる。
これは、日本企業の国際競争力の低下を示している。
次に「投資」だ。新NISA制度の導入や米国株の人気の高まりを背景に、多くの日本人が海外資産に投資するようになっている。利回りが期待できる外国市場に資金が流れ、結果としてドル需要が高まり、円安が進行している。
つまり、円安の主因は「ドルを買いたい人が多い」ことであり、政府債務の規模が直接的な引き金になっているわけではない。
金融政策だけでは乗り越えられない本質的な問題
こうした投資マネーの海外流出は、外国企業の技術開発や競争力の強化を助ける一方、日本の製造業にとっては厳しい状況をもたらしている。
2023年、日本の経常収支はトータルで約20兆円の黒字だったが、これは主に海外からの配当や利子収入(所得収支:黒字30兆円)に支えられている。貿易・サービス収支は赤字であり、日本の実体経済が十分に利益を生み出せていないことを意味している。
円安にもかかわらず、輸出が伸びず、国内での魅力ある投資先も乏しい。このままでは、将来的に経常黒字すら維持できなくなる恐れがある。少子化による人手不足も加われば、日本経済の根本的な体力が試されることになるだろう。